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リレーエッセイ 2018・春
ヒトエグサの思い出 2/2/天野 秀臣
ヒトエグサの香りの思い出

ヒトエグサの特徴の一つに香りがあります。この香りは、これまでいわれていたジメチルスルフィド(図3)のほかに、ベンズアルデヒド(図4)や長鎖アルデヒドのへプタデカジエナール(図5)などアルデヒドが関係していることが報告されました。香りの成分は微量なものが多く、その研究には精密な分析装置が必要です。ベンズアルデヒドとへプタデカジエナールの成分もそのような装置を用いた研究結果によるものです。

※各写真をクリックすると拡大します

図3 ジメチルスルフィド
図3 ジメチルスルフィド
図4 ベンズアルデヒド
図4 ベンズアルデヒド
図5 へプタデカジエナール
図5 へプタデカジエナール

ヒトエグサについては毎年春と夏になると思い出すことがあります。大学に赴任し、海藻の化学的な研究を始めたときに、三重県はヒトエグサ生産が全国1位であること、ヒトエグサの使途はほとんどが海苔の佃煮であることを知り、ヒトエグサで何か新しい利用法はないものかと考えていました。私の趣味はアユの友釣りですので、川の石に付着した藍藻や珪藻を食べている天然アユのスイカやキュウリのような香りが、養殖アユにはないことを知っていました。そこで、餌が魚粉中心の養殖アユにヒトエグサを与えるとどうなるか実験することにしました。

魚粉主体で作られた配合餌料にヒトエグサ粉末を加え、これを餌にアユを30日間飼育しました。試験終了時には残念ながらスイカやキュウリの香りはありませんでしたが、生臭さが消え、さわやかで好ましい香気が感じられました。飼育期間中に興味を引いたことは、餌への食いつきが極めてよくなり、先を争って餌を食べる非常に活発な行動をすることでした。当時その理由は、ヒトエグサの香りのジメチルスルフィドによるものではないかと考えていましたが、正確なことはわかりませんでした。やがて海苔の研究が忙しくなり、私のヒトエグサを用いたアユの香気に関する実験は終わりました。

図6 ジメチル―β―プロピオテチン
図6 ジメチル―β―プロピオテチン

その後アユの友釣りでは、乾燥したヒトエグサを足元の川に漬けて釣りをしていました。心なしか以前より釣れる気がしました。この摂餌行動が活発になる理由については、後年学会誌にある論文が発表になりました。キンギョ、コイ、フナ、マダイ、ブリを用いて調査したところ、ジメチルスルフィドの前駆物質で香りのないジメチル-β-プロピオテチン(図6)に魚の摂餌促進効果があることが明らかにされました。コイで行われた脳波実験で、この物質はきゅう索(嗅索)刺激をしていることも判明しました。私はアユの養殖試験中に非常に活発な摂餌行動を観察していましたが、今にして思えば有効物質はジメチルスルフィドではなく、その前駆物質で香りのないジメチル-β-プロピオテチンであった可能性があります。研究の種は予想もしないところにも潜んでいると実感しました。

おわりに

ヒトエグサは長い食習慣のある海藻です。上述のようにたくさんの料理例もあります。海藻が食材として最も優れている点は、乾燥すると貯蔵性と運搬性に優れることです。ヒトエグサもその例外ではありません。それに加えてヒトエグサには、陸上植物にも負けない機能性(コレステロール減少、脂質排出増加、中性脂肪合成阻害、抗酸化、食後血糖値上昇抑制、血小板凝集抑制、ヒト白血病細胞に対するアポトーシス誘導作用)もあります。これらの機能を生かす新たな食品や調理法が開発されることを望んでいます。

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執筆者

天野 秀臣(あまの・ひでおみ)

一般財団法人海苔増殖振興会評議員、三重県保健環境研究所特別顧問、三重大学名誉教授(元三重大学生物資源学部長)、農学博士

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