

「ところてん」の成分
「ところてん」は紅藻の“テングサ”を原料としますが、海藻の分類にはテングサ目やテングサ属はありますが、“テングサ”という海藻はありません。テングサ属のマクサ、ヒラクサ、オニクサなどを一般に“テングサ”とよんでいます。「ところてん」は紅藻マクサ(図3)を原料として抽出した粘質物から作られるものが良質とされます。「ところてん」に凍結と融解処理を繰り返すと、低分子量の化合物がドリップとして除かれ、乾燥すると無味無臭の寒天(図4)ができます。寒天は多糖類のアガロースとアガロペクチンの混合物で両者の比率は一定ではなく、前者が60~70%、後者が30~40%程度ともいわれます。寒天は代表的な食物繊維であると同時に和菓子作りには欠かせません。

図3. 生鮮状態のマクサ
(三重大学大学院藻類学研究室
倉島 彰 准教授 提供)
※図をクリックすると拡大します

図4. 角寒天(上)と糸寒天(下)
※図をクリックすると拡大します
表1にマクサ、「ところてん」および寒天の成分を示しました。マクサには食物繊維、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、ビタミンA効果のあるβ-カロテン、ビタミンK、葉酸が多いことが分かります。しかし「ところてん」と寒天にはこれらの成分が極めて少なく、ほとんどが水分です。「ところてん」100g当たりの食物繊維総量は0.6g、寒天は1.5gですが、エネルギーは「ところてん」は2kcal、寒天は3kcalとわずかです。エネルギーの少ないことが「ところてん」と寒天が低カロリー食品として評価される理由と思われます。
表1 マクサ、「ところてん」および寒天の成分 [可食部100g当たり] |
(日本標準食品成分表2015年版(七訂)より作成) |
成 分 |
マクサ
素干し |
「ところてん」
(マクサ使用) |
寒天
(マクサ使用) |
水分(g/100g) |
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タンパク質(g/100g) |
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脂質(g/100g) |
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炭水化物(g/100g) |
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食物繊維総量(g/100g) |
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灰分(g/100g) |
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ナトリウム(mg/100g) |
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カリウム(mg/100g) |
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カルシウム(mg/100g) |
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マグネシウム(mg/100g) |
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リン(mg/100g) |
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鉄(mg/100g) |
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亜鉛(mg/100g) |
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銅(mg/100g) |
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マンガン(mg/100g) |
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ヨウ素(µg/100g) |
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セレン(µg/100g) |
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クロム(µg/100g) |
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モリブデン(µg/100g) |
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ビタミン |
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ビタミン |
A レチノール(µg/100g) |
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カロテンα(µg/100g) |
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カロテンβ(µg/100g) |
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β-クリプトキサンチン(µg/100g) |
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β-カロテン当量(µg/100g) |
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レチノール活性当量(µg/100g) |
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D(µg/100g) |
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E トコフェロールα(mg/100g) |
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E トコフェロールβ(mg/100g) |
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E トコフェロールγ(mg/100g) |
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E トコフェロールδ(mg/100g) |
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K(µg/100g) |
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B1(mg/100g) |
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B2(mg/100g) |
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ナイアシン(mg/100g) |
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B6(mg/100g) |
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B12(µg/100g) |
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葉酸(µg/100g) |
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パントテン酸(mg/100g) |
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ビオチン(µg/100g) |
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C(mg/100g) |
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食塩相当量(g/100g) |
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エネルギー(kcal) |
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Tr:微量 ―:未測定 (0):推定値 |
海藻粘質物の凝固
博士課程終了後、三重大学に赴任して研究テーマは海藻の化学成分と生理機能に移り、ノリを中心の研究が始まりました。その中で海藻の粘質物の凝固についても実験をしました。やがて文部省(現 文部科学省)の長期在外研究員としてカリフォルニア大学で海藻の組織培養の研究を始めました。ある時、研究室の大学院生に、「自分の海藻の粘質物は寒天のようには固まらない。なぜでしょうか?」と聞かれました。博士論文提出資格者になるための所定科目の筆記試験と口述試験が近日中にあるので、受験準備だそうです。これに合格しないと博士論文の提出ができない重要な試験とのことでした。日本にはない試験制度です。海藻は紅藻オゴノリの仲間でした。したがって、「粘質物の化学構造に硫酸基が多いためと思います。アルカリで処理して硫酸基を減らせば固まる筈です。」と助言しました。米国まで来て海藻の粘質物の凝固を質問されるとは意外でしたが、「心太」以来の経験が役立ちました。ちなみにこの大学院生は試験に合格し、翌年に博士号を授与されました。
終わりに
私の住む地域は海とは離れていますが、商店街には昭和の初めから伊豆半島産のマクサを原料として“ところてん”を一年中製造・販売している個人商店があります。お客さんには一本箸で三杯酢の“タレ”で食べるように説明し、お店は地域住民に根強い人気があります。しかし、最近はコンブ、ワカメ、ヒジキなど海藻の収穫量が減少していますが、“テングサ”も例外でありません。海水温の上昇や藻場の荒廃などが考えられますが、詳しいことは不明です。長い歴史のある「ところてん」をいつまでも楽しめることを願っています。
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執筆者
天野 秀臣(あまの・ひでおみ)
一般財団法人海苔増殖振興会評議員、三重県保健環境研究所特別顧問、三重大学名誉教授(元三重大学生物資源学部長)、農学博士
「「ところてん(心太)」との出会い 2/2/天野 秀臣 | 海苔百景 リレーエッセイ」ページのトップに戻る